化学研究室・物性化学研究室
(長谷川研究室)

島根大学教育学部 理科教育専攻
島根大学大学院自然科学研究科 環境システム科学専攻 物質化学コース


化学研究室・物性化学研究室での研究


当研究室では物性化学に関連した先端研究を中心に,教材開発も含めた以下の研究テーマを展開しています。



ナノ電解法によるナノ単結晶材料の開発とその応用


・高効率なナノ製造技術を目指して

ナノテクノロジーにおいて,ナノ材料をどのように自在に配置するかという課題は未だに解決されておらず,様々な試みが行われています。ナノ材料は目に見えませんのでピンセットで挟んで・・・とは行きませんし,一個一個組み立てていては時間が掛かり非効率的です。ナノテクノロジーを利用したエレクトロニクスには効率的なナノ製造技術が求められています。

 では,高効率なナノ製造技術とはどのようなものでしょうか。まず,簡便で省エネルギーであることが挙げられます。現在の半導体技術は高温や高真空状態が必要で,そのために多量のエネルギーを消費します。省エネルギーなほど高効率であると言えます。次に,ピンポイントで作製が可能であることが挙げられます。一般に,デバイスを作製する際には薄膜を加工することが多いですが,多くの場合,必要でない部分の膜を剥がす(削る)必要があり,その部分の材料が無駄になってしまいます。従って,必要な部分だけに作製出来た方が高効率です。最後に,ナノ材料が高性能であることが挙げられます。ナノ材料が高性能であればデバイス自体が高効率となることが期待され,一般に有機デバイスの場合は単結晶の方が高性能と言われてます。

 そこで本研究テーマでは,電気化学的な手法によって溶液中で有機ナノ単結晶をピンポイントで作製することを可能にし,更にこれらのナノ単結晶をデバイスなどへ応用することを目指しています。

・位置選択的配置技術「ナノ電解法」

 有機導電体の作製方法の一つとして「電解結晶成長法」が知られています。この手法は電気分解(電気化学反応)によって有機材料に導電性の源となる電荷担体(キャリア)を与えると同時に,π電子系を持つ有機分子が集合し,主に電極の表面で目に見えるサイズの結晶を形成します。電気分解の後,電極を取り出し,電極に付いた結晶を削ぎ落とすことで結晶が得ることができます。

Cell
図:電解結晶成長セル

 本研究テーマでは,この手法を基にナノ材料を得るための新しい手法として「ナノ電解法」を2003年に初めて発表しました。目に見えないナノ単結晶を作製するため,基板上に電気分解に用いる2つの電極を配置しました。また,2つの電極を架橋するようにナノ単結晶を配置できれば,ナノ単結晶にスイッチのような役割を持たせてそれをデバイスとすることができます。つまり,電気分解の後,溶液から取り出してそのままデバイスに利用することが可能となり,簡単で省エネルギーなデバイス作製手法が実現されます。そこで,基板上の2つの電極は先端部分はわずかなすき間(ギャップ)で接近するよう作られており,架橋構造が出来やすいようにしています。

ナノ電解セル(Web用)
図:ナノ電解法セル

 冒頭の「電解結晶成長法」では直流を用いて電気分解を行います。ナノ電解法でも同様に直流で電気分解を行い,片方の電極上にのみ結晶成長をさせることももちろん可能です。これに加えてナノ電解法では,交流を用いた電気分解によって初めて,電子特性の測定やデバイス応用にも有利な,ナノ単結晶の架橋構造の作製を可能としています。

Nanocrystal
図:ナノ電解法によって成長させたナノ単結晶の例

 この技術は「ナノワイヤ作製キット」として市販されており,実験室で手軽に試せるよう,技術の普及にも取り組んでいます。

・ナノ電解法によるデバイス作製

 このようにして架橋成長させたナノ単結晶は,2つの電極を見た目だけではなく,電気的にも橋渡ししています。このナノ単結晶に電気的あるいは磁気的変化を与えると電気特性が変化します。これを利用してデバイスを作製し,その評価を行っています。
 電気的な変化を与えることで特性が変化するデバイスとして,パソコンのCPUなどにも利用されている電界効果トランジスタ(Field-effect transistor, FET)が知られています。ナノ電解法で作製したナノ単結晶に第3の電極から電圧を掛けて特性を測定したところ,弱いながらも電流値に変化が確認されました。このままではトランジスタとして使うには特性が弱いため,より適した材料を求めてナノ単結晶の作製と特性の測定を行っています。

 一方,磁気的な変化を与えることで特性が変化する材料もあります。ハードディスクの磁気ヘッドはこの現象を利用しています。本研究では,目に見えるサイズの結晶で負の磁気抵抗効果を示すことが知られているジシアノ鉄(III)フタロシアニンをナノ単結晶の材料に用いてナノ電解法で架橋構造を作製しました。このナノ単結晶に磁場を印加すると,ナノスケールでも同様に負の磁気抵抗効果によって電流が大きくなる現象が見られました。ナノ結晶化することで,基板ごとそのままデバイスとして利用することが可能となっています。
別の材料では,電圧を掛けて電流を流すことで,電気が流れにくい状態から良く流れる状態に変化(スイッチ)する,スイッチング特性が見られました。更にこの特性を制御する試みが行われています。

Electrolysis   FET-Characteristics

 これらは実用デバイスとして用いるにはまだまだ特性を向上させる必要があります。また,新しい材料を使うことで未知の特性が発見され,これまでにないデバイスが実現する可能性もあります。現在は材料や構造を工夫することで,性能の向上を目指しています。本研究テーマを通して将来的には経済的で低環境負荷な21世紀型のナノデバイス製造技術の実現を目指しています。

MagneticDevice   Magnetic-Characteristics

 これらは実用デバイスとして用いるにはまだまだ特性を向上させる必要があります。また,新しい材料を使うことで未知の特性が発見され,これまでにないデバイスが実現する可能性もあります。現在は材料や構造を工夫することで,性能の向上を目指しています。本研究テーマを通して将来的には経済的で低環境負荷な21世紀型のナノデバイス製造技術の実現を目指しています。



生体由来材料のパターニングによる機能発現とその応用


・バイオミメティクス

 近年,生体システムの高度な機能を活かした新しいバイオミメティック人工システムの構築が注目されています。バイオミメティクスとは,自然にある形状や構造,機能などを模倣して実社会に役立てる考え方です。例えば身近なところでは,新幹線500系では数々のバイオミメティクスが用いられています。先頭形状はトンネル微気圧波を防ぐためにカワセミのくちばしを模倣しています。また,パンタグラフの風切り音を防ぐためにフクロウの翼の形状を模倣した部材が使われています(「こだま」になった現在では使われていません)。更に車体には軽量で高強度な構造であるハニカム(蜂の巣)構造が用いられています。このように「自然から学ぶ」バイオミメティクスは様々なところで活用されています。

 本研究では,そのような自然にあるものの中で,生物の「視覚機能」を模倣した人工視覚機能デバイス「視覚センサー」の開発を目指しています。また,そのセンサーに用いる材料にも生体由来の材料である,高度好塩菌の細胞膜から抽出して得られる光受容膜タンパク質「バクテリオロドプシン(bR)」を用いているところが特徴です。

bR
図:バクテリオロドプシンの構造


・バクテリオロドプシンと人工視覚機能デバイス

 ところが生体材料でセンサーのようなデバイスを作る場合には大きな問題があります。生体材料は一般に熱や薬品,乾燥などに弱いため,例えば半導体を作るプロセスには適合しません。視覚センサーの作製には様々な形状を造り出す必要があるため,バイオ材料に適した温和な条件で自在にパターニングする技術が必要でした。そこで本研究では,インクジェット法によって,温和な条件でbRを自在にパターニングする技術の開発を目指しています。

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図:産業用インクジェットプリンタ(FujiFilm Dimatix DMP-2831)

 また,視覚機能をデバイスレベルで取り入れた視覚受容野型の画像フィルタとして,「DOGフィルタ」や「Gaborフィルタ」を作製しています。「DOGフィルタ」は物体の輪郭を認識する機能が,「Gaborフィルタ」は物体の動きや方向を認識する機能が備わっており,生体の電気生理学的応答から,簡単なモデル関数(DOG関数,Gabor関数)で表されることが知られています。

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図:視覚受容野の位置とその構造(共同研究者の電通大岡田先生による図)


・パターニングと機能発現

 生体材料を使えば視覚センサーが必ずできるというわけではありません。ここでは生体材料であるbRの「光を吸収し,水素イオン(H+)を放出する」という機能を利用しているだけに過ぎません。この機能をうまく利用して画像認識機能を引き出すために,bRを使って図形(パターン)を作製しています。bRの光応答特性を考慮してパターンをデザインすることで初めて視覚機能を模倣したセンサーが実現できます。このパターンの作製にインクジェット法を利用しています。





有機・無機ハイブリッドペロブスカイト材料の機能と物性


・有機・無機ハイブリッドペロブスカイト化合物

高性能な電子デバイスを開発する上で,材料の持つ電子構造を制御することが重要です。例えば太陽電池においては,吸収する光の波長に合わせたエネルギー差を作りだすことで効率を上げることが出来ます。また,トランジスタでは,金属電極のフェルミ準位とチャネル材料のバンドのエネルギーレベルとを合わせることで効率的なキャリアの注入が可能となります。このような電子構造の制御にはこれまで半導体産業に見られるようなイオンインプランテーションなどの高エネルギープロセスで実現されてきました。その一方で環境負荷を考えたとき,将来的には例えば溶液プロセスのようなより低消費エネルギーな手法で材料の電子構造を制御することが期待されます。

 ペロブスカイト化合物は,例えば超伝導体や誘電体など,構成元素の置換によって電子構造の制御が容易な化合物として知られています。なかでも有機・無機複合金属ハロゲン化物ペロブスカイトは高い移動度のような優れた電子特性に加えて,概ね有機溶媒等に可溶であり,溶液プロセスによるデバイス作製など,応用面でも有利な特徴を持っています。実際,高性能な電界効果トランジスタとして報告もあり,最近では有望な太陽電池材料として活発に研究されており,次世代電子材料として注目されています。

 一般に,金属ハロゲン化物ペロブスカイトは電気を通さない絶縁体ですが,例外的にヨウ化スズ系有機・無機ハイブリッドペロブスカイト化合物は高伝導性を示すことが以前から知られていました。これまでの私達の研究では,その高伝導性の起源を調べました。この材料は1.3 eVのバンドギャップを持つ半導体ですが,電気伝導度の温度依存性,および熱起電力の温度依存性は金属的挙動を示すことが分かりました。そこで,ホール効果測定からドーピングレベルを調べたところ,0.02%であることが分かり,この材料がドープされた半導体であると結論付けられました。

 本研究では,溶液中で作製可能な金属ハロゲン化物有機・無機ハイブリッドペロブスカイト化合物において,構成元素の一部を別の元素に置換することによって電子構造,電子特性へどのような効果があるかを調べることで,電子材料の設計に有効な指針を構築することを目指しています。

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理科授業に適したプログラミング教材の開発


・プログラミングの習得とプログラミング教育

 2020年度から小学校においてプログラミング教育が導入されました。この教育自体はプログラミングそのものの習得を目指したものではありませんが,プログラミング的思考能力を養成するためには実際にプログラムの作成(=プログラミング)能力を習得するのが最も近道です。ここでプログラミング能力を養成するうえで注意しなければならないのは,プログラミングはあくまで「道具」であって「目的」ではないということです。ですのでよくあるロボットを一生懸命動かしたところでプログラミングは身に付き辛いですし,ロボットの開発者にでもならない限りは役には立ちません。プログラミングやプログラミング的思考は,「自分で設定した課題」に対して「プログラミング」というツールを用いながら解決していくことで,初めて養成することが可能です。「自分の思い通りのゲームを作りたい」という動機で自分でプログラミングしてゲームを作成するというのもプログラミング能力の養成という意味では早道と言えるでしょう。

・理科の授業の中でのプログラミング

 プログラミングやプログラミング的思考を養成する意味で,理科の授業にプログラミングを導入することは理にかなっています。ある実験テーマに対して,自動化,効率化や高精度化するためのプログラムを開発することで,「プログラム」という手段を使って「実験の自動化・効率化・高精度化」という目的を達成します。そのためには,プログラミングを習得しなければならないのはもちろんですが,実験内容を正しく理解している必要があるため,理科の理解力も当然必要となります。このようなことから,理科授業にプログラミングを導入することは,プログラミング及び理科の学習の双方に相乗効果が期待できます。

 そこで,理科の授業の中でプログラミングを実践出来る環境を提供するための教材の開発を行っています。具体的には理科の単元に合わせて,温度や明るさなどのセンサ類やボタン,LED等々の部品を組み合わせて,例えば環境データを自動的に読み取り,それを基に何かの動作を起こさせるような「仕組み」をまず考え,部品を組み立てます。次にその仕組みを実現するためのプログラ厶を開発します。さらにこの研究テーマでは,授業でどう実践できるかも考えます。私たち科学者の研究においても,物性データを測定するプログラムは自分で組み立てることもよくあることで,初等・中等教育のうちから実験用のプログラムを作成することは大変有意義です。そこで理科と連携した総合的なプログラミング学習環境を検討し,それに合った教材開発を行っています。

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